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◆相馬の旅1

 相馬への旅。今回の大きな目的は、(1)いわき市平城の戊辰戦争の痕跡、(2)南相馬市小高の相馬岡田氏旧跡の探索、(3)図書館での相馬藩世紀ならびに中村藩士の藩士譜の書写、です。

 いわき市内の戊辰戦争の痕跡として今でも残っているのは、中心街の性源寺山門に残る弾痕くらいなものですが、戊辰戦争の激戦地の跡を何も残っていないにしろ、次に乗る予定の特急が来るまでの約2時間の間に、戊辰戦争の現場をすべて見て回る勢いで歩きました。ゼイゼイ。。。

 性源寺、岩城城址遠望(岩城氏の城址)、松ヶ岡公園(幕末の平藩主・安藤信正像を見る)、秋葉神社遠望(戊辰戦争時、岡田監物隊が布陣)、良善寺(平藩主菩提寺)、急坂を登って飯野八幡宮、六間門跡(幕末の相馬藩御一家・相馬将監胤眞がここで官軍と戦った)、本丸跡など等。。。飯野八幡宮は千葉一族・大須賀氏ゆかりの好嶋庄に鎮座する神社です。

 余談ですが、私がこの神社にお参りしていたときに甥っ子が生まれました。ここで安産祈願もしたので、彼は八幡様ゆかりってことになるんでしょうかね? 八幡太郎ですね。
岩城城
岩城城遠望

六間門
六間門

飯野八幡
飯野八幡宮

岡田将監
秋葉神社遠望

 平城はもはや城跡としての痕跡はほとんどなく、知らない人が歩けば高台にあるただの住宅地です。しかし、「かつてそうだった」的な見地で見ると、道のクランクやちょっとした盛り上がりなどがわずかに「城」をかもし出し、別の風景に見えてくるものです。

 さて、いわき駅を出発して、一路小高へ。

 小高では、まず相馬岡田氏(相馬家御一家筆頭)の館跡を見ます。小高城の南方の高台につくられた館で、その遺構がはっきりと残っていて、いまは初発神社(妙見神社)の境内です。明日は千葉氏顕彰会のご一行もここを訪れる予定になっています。

岡田館
岡田館跡

 その後、小高駅からタクシーに乗って、相馬家の旧菩提寺・長松寺へ向かいます。このお寺、タクシーの運転手も知らないマイナーなお寺になっていました。。。行ってみると、住職もいない閑散とした小寺で、唯一、文化財の梵鐘だけが吊るされていました。

 そのまま駅のほうに戻ってもらい、相馬藩侯の墓所がある同慶寺で下車。同慶寺にある藩侯墓所は普段は門が閉められていて入ることはできませんが、7月の野馬追いの時期だけは開放されています。
同慶寺
同慶寺

 お寺から少し歩いて、相馬家の居城址・小高城へ。小高妙見社をお参りし、境内にある戊辰戦争の碑を見ます。この碑には、戊辰戦争で岩城に討死を遂げた相馬将監胤眞の名が刻まれていました。

 小高駅に戻って、常磐線で相馬へ向かいます。

 相馬駅からタクシーに乗り、相馬家菩提寺・洞雲寺へ。ここは小高で梵鐘だけが残っていた「長松寺」の前身で、明治に至って寺自体は小高に移されました。寺地ならびに墓は洞雲寺が受け継いで現在に至ります。ここは主に藩侯の子女の菩提寺となっていて、寺の高台にご婦人方の巨大な五輪塔が遺されています。ここにお参りをすませ、寺のすぐ隣にある二宮尊徳の墓をお参りしました。相馬地方は、江戸時代の大飢饉のあと、二宮尊徳の「報徳仕法」によって危機を脱しており、今でも二宮尊徳を篤く祀っています。二宮尊徳の子や孫は相馬に住み、孫は北海道に渡って開発に尽力しました。ここをお参りすると、ちょうど日も暮れてきたので、今日の探索はココまでとしました。明日は図書館に籠もる予定ですね。

洞雲寺
洞雲寺の藩侯子女五輪塔

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テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 日記

tag : 相馬

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