FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

更新日記

更新日記

●平良文の子孫の秩父党解説、秩父氏、河越氏を新設しました。
 河越氏は秩父党の惣領家で、武蔵国留守所惣検校職を歴任しています。

●千葉一族の牧氏、賦馬氏、戸張氏に加筆しました。
 牧氏は薩摩国に移り住んだ千葉一族。永享年中、大覚寺大僧正義昭(足利義満の子)が将軍家内の争いのなかで自害したのち、島津家に出仕したといわれています。それまでは義昭に仕えていたのでしょう。

●上総氏に加筆。
 千葉介胤正の次男・境平次常秀は、一説には兄の成胤をしのぐ勢力を持ったという見方もされていますが、成胤は惣領権を一族に行使していることや、幕府内での扱いの差から見ても、成胤と常秀の間には、その格に歴然たる差が存在していたと推測されます。また、常秀は確かに成胤の死後、幼少の惣領家をしのぐ官途を持つようになってはいますが、その勢力の伸張についても、決して千葉惣領家に対する敵対ではなく、惣領家を支える一支族としての勢力拡大であり、惣領家と常秀家の間に軋轢を見ることはできません。

 北条家は有力御家人に対し、現実的な「実」と古来からの「名」を分離する政策を採っていたことがうかがえ、しかも「実」の下に「名」を置く傾向が見られます。千葉氏については、兄・千葉介成胤の流れが「実」の千葉氏家督、弟・境常秀の流れが「名」の上総介(もともと房総平氏の惣領家が冠していた)となっています。こういった例は、ほかにも三浦党(兄が佐原三浦家、弟が三浦介家)、秩父党(兄が河越氏家督、弟が留守所惣検校職)にもはっきりと見ることができます。
スポンサーサイト

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

プロフィール

もっきー

Author:もっきー
千葉一族、Mr.Childrenをコヨナク愛する千葉県人

リンク
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
月別アーカイブ
カテゴリー
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。