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鎌倉紅葉2008

 鎌倉へ紅葉狩りに行ってきました

円覚寺1
 ▲円覚寺

 がー、鎌倉の紅葉満開(?)は来週半ば頃かな、という感じで、まだ緑の葉が目立っていました。例年は12月初旬が見頃なのですが、今年もまぁ同じくらいか。境内の紅葉ももうちょい。

円覚寺2
 ▲円覚寺の参道

 ところで、紅葉には関係ありませんが、円覚寺の本来の入口は、現在の入口の南側、踏切を渡った先にありました。参道の左右にある池は、建武元(1334)年頃の『円覚寺境内絵図』にはすでに記載があります。

円覚寺3
 ▲木戸跡と鎌倉時代の迂回路(左へ入る小道)

 円覚寺の旧参道に面した道路は、かつては円覚寺門前の広場でした。広場の東西は木戸が設けられ、道は南にやや迂回する∪形になっていました。現在もその小道が残っています。

 円覚寺のあとは建長寺へ。例年では円覚寺のあとは、イチョウを観に明月院に寄っているのですが、今年はあまり見応えがないという情報と、ここの受付の人のモノの言い方(拝観料で小銭を出さないと、しつこく、ぶっきら棒に小銭を求める)がキライなので、パス。

 建長寺はあまり紅葉スポットはないのですが、鎌倉といえば円覚寺、建長寺。ということで、ちらっと立ち寄りました。時間が早いこともあり、客は少なく、本尊のお地蔵様をお参りして、鶴岡八幡宮へ。

鶴岡八幡宮
 ▲八幡宮

 ここ鶴岡八幡宮は、かつては「鶴岡八幡宮寺」というお寺で、僧侶が諸役を務めていました。三代将軍・源実朝をこの八幡宮大階段上で暗殺した甥の公暁(二代将軍・源頼家の子)も八幡宮寺若宮の別当を就ってました。

 鶴岡八幡宮ではツアー客にまぎれて参拝を済ませ、舞殿で行なわれていた結婚式を眺め、北条政子ゆかりの寿福寺へ。寿福寺も紅葉がキレイなスポットがあるのですが、今年はまだっぽいですな。

寿福寺
 ▲寿福寺

阿仏尼
 ▲伝阿仏尼供養塔

 続けて、海蔵寺へ。ここへ行く途中、道の左側のヤグラに石塔が建っています。これは、公家の冷泉為相(近くの浄光明寺の裏山に墓がある)の母親・阿仏尼(安嘉門院四條。『十六夜日記』の著者)の供養塔とされていますが、実際のところはどうなのでしょう。

 その先を道なりに行くと海蔵寺となりますが、その手前の道端にキレイな紅葉がありました。

紅葉1 紅葉2 紅葉3
 ▲海蔵寺手前の紅葉

 このへんで昼も近くなったので、友人から聞いていた、小町通りの厚焼き玉子の「おざわ」に行ってみました。がっ、けっこうな行列で断念。すぐ近くの豆腐料理の定食屋「鎌倉小町」に少し並んで入ってみました。

豆腐
 ▲店長のオススメ(「小町御膳」だったかな…¥1,500)

 料理は大変うまかったですが、ごはんの量がちょいと少なかったかも。コップに入ってるのは、豆腐を漉した感じの濃厚な豆腐汁(?)。外から見ると狭そうな店ですが、中は案外広く、料理もさっさと出てきました。内容もへるしーでオススメですな。

 昼飯を済ませて、千葉氏ゆかりの妙隆寺へ。小町大路に面した日蓮宗の寺で、千葉氏の屋敷跡に建てられました。屋根には千葉氏の家紋・月星が彫られています。

妙隆寺
 ▲妙隆寺

妙隆寺月星
 ▲本堂の屋根に光る月星紋

 続けて、鎌倉北条氏の菩提寺にして最期の地・東勝寺跡へ。小町大路を東に入ってまっすぐ行った先の高台一帯を占めていた寺でした。元弘3(1333)年の新田義貞による鎌倉攻めによって、多くの北条一門がこの東勝寺で自殺しました。今は住宅地と自転車置き場と野原になっています。

東勝寺への道
 ▲東勝寺跡への坂道

東勝寺
 ▲東勝寺跡

 この時点で約13時。今回の鎌倉旅行は紅葉がイマイチだったこともあって、混んでくる前に切り上げることにしました。紅葉のピークは休日であれば、来週の土日になるんでしょう。
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