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◆鎌倉の旅

 鎌倉に紅葉狩りへ。いつものことながら、北鎌倉から鎌倉をめぐる一日です。

 ただちょっと紅葉には早かったようで、まだ青い葉っぱがちらほら。うーむ、暖冬ですね。なので、今回はあまり紅葉は気にしないことにして、気ままな鎌倉散策に目的を変更。
紅葉円覚寺
円覚寺前

 まずは北鎌倉駅前の円覚寺、そして明月院はパスして、建長寺へ。この建長寺の外門前には以前は鎌倉期のものと思われる石塔があったのですが、キレイに取り払われて消えていました。所詮、建長寺も文化財に興味を持たなくなったということでしょうか。そう考えたら、寺にお参りするのも馬鹿らしくなりましたが、ココまで来て観光しないのももったいないので、観光地と考えて寺に入り、くるっと一周して終了。巨大な地蔵菩薩が祀られている法堂は、もともと芝の増上寺にあった二代将軍御台所・崇源院の御霊屋です。その先にある唐門も崇源院御霊屋から移築されたもの。かつての崇源院御霊屋は東京プリンスホテルの建物の下敷きになってしまっています。
建長寺1
建長寺法堂(もと増上寺崇源院御霊屋)

建長寺2
建長寺唐門(もと増上寺崇源院御霊屋の唐門)

鶴岡八幡宮
鶴岡八幡宮

 建長寺を出て鶴岡八幡宮へ。さらに東へ歩き、幕府跡から頼朝の墓へ。ここはもともと頼朝の法華堂があり、近世になってその跡地に島津家が頼朝の墓を建立しました。その東の山の上には、島津忠久、大江広元、毛利季光の三人のものとされるやぐらが遺されています。そしてその崖の下には北条氏(と安達氏)に滅ぼされた三浦一族のやぐら、そして一面に広がる不自然な平地は、北条義時の法華堂(つまりは墓地)が建てられていた跡とされています(私は『吾妻鏡』の記述から疑問を感じていますが、学会は逆に『吾妻鏡』の記述から義時法華堂と断定しています)。

頼朝法華堂
(伝)頼朝法華堂跡

義時法華堂
(伝)義時法華堂跡

三浦氏やぐら
伝三浦一族やぐら

 その後、永福寺跡を見学しました。秋にはススキの海になりますが、今年はすでに枯れてしまっていました。残念。

 永福寺跡からふたたび御所跡を通って鶴岡八幡宮境内に戻り、岩屋堂前を抜けて寿福寺へ。寿福寺の横にある相馬天王社(千葉介常胤次男・相馬師常ゆかりの神社)をお参りして、寿福寺に入ります。門前には鎌倉期のものと思われる石塔が目立たずにひっそりと残っています。ここは頼朝が鎌倉に入る前、三浦半島の豪族・三浦一族の岡崎義実という人が、頼朝の父・義朝のためにお堂を建てていた場所です。頼朝ははじめここに屋敷を作ろうとしましたが、お堂があったことと敷地が狭かったということで、場所を変えました。
寿福寺
寿福寺

 寿福寺を出て、浄光明寺へ。この裏山には裁判のために京都から下ってきた公家・冷泉為相が眠っています。浄光明寺裏のがけをのぼると、鎌倉時代からそこにある地蔵が目に入ります。そこでお参りを済ませて、さらに上の冷泉為相五輪塔を参拝。ここからは遠く材木座海岸を望むことができます。
地蔵堂
地蔵堂

冷泉為相
浄光明寺裏の冷泉為相五輪塔

 浄光明寺を出て、化粧坂に向かいます。相変わらず急な坂ですが、のぼっていて楽しいですね。いい散歩コースです。源氏山公園を横目に、ふたたび下り坂へ。その先に銭洗い弁天があります。ちょっと立ち寄って、弁天様にお参り。ここで洗った金を、今度の年末ジャンボに使うことにします。
化粧坂
化粧坂

銭洗い弁天
銭洗弁財天

 弁天様の祠を出て、さらに下るとようやく平地になります。ここらへんには室町時代中期に関東管領・山内上杉家の屋敷があって、「上杉禅秀の乱」のときの舞台のひとつになりました。いまは全体が住宅地になってしまっていて、当時の面影はまったくありません。

 一本道を歩いた先の十字路を左折して、鎌倉駅に。ここで昼飯をとって、こんどは夕陽を見るために由比ガ浜に向かいます。途中、伝足利持氏の供養塔や伝新羅三郎源義光のお墓などを見物しながら、陽が落ちる直前に浜近くの光明寺に入りました。この寺の脇にある塔頭・蓮乗院は、千葉介常胤の建立によるものと伝えられる名刹です。光明寺の少し北、弁が谷付近に千葉氏の屋敷があったと伝えられ、また、光明寺を建立した良忠上人は常胤の曾孫・鏑木胤定と深い交流がありました。
持氏公
伝足利持氏供養塔

新羅三郎
伝新羅三郎義光墓

 光明寺をぐるっと見た頃、閉門の合図、お坊さんが出てきて、鐘を衝きはじめました。ゴーーーン・・・ゴーーーーーゥン・・・。ちなみに、このお寺にはネコが多く住んでいて、さらに人なれしているので、ネコ好きの方にはいいところかもしれません。
光明寺
光明寺

 光明寺からほんの少し歩いて、夕陽を撮るために材木座海岸に。。。。。。ビューーーーーーーー! なんちゅう風! いままではそれほど感じなかった「風」が建物の間を吹きぬけ、細い道を駆け抜けていきます。さらに砂まで舞い上げて、こりゃヒドイ。とりあえず、海岸に出れば、吹き抜ける風も少しは落ち着くかと海岸に出ましたが、その風は一向にやむ気配はなく、砂を巻き上げて容赦なく人間とカメラを襲います。しかも夕陽は雲に隠れてしまってたいした写真が撮れそうもなく、ちょっと後悔です。

 ここから街なかに戻るためには道路を横断する必要がありますが、そんな横断歩道は由比ガ浜までありません。しかし、どうにもこうにも結局暴風の中ですから、進むほかありません。結局、材木座から由比ガ浜まで暴風の中を歩き、バチバチ当たる砂粒が猛烈に痛いですね。さらに海風でベトベト。。。カメラにも砂が入って、レンズの出し入れにジャリジャリ言い出す始末。。。耳の穴は真っ黒、肩には砂が積もっているような体たらくで由比ガ浜までなんとかたどり着くも、へとへとです。おそるべし海風。。。
稲村ガ崎
稲村ガ崎

 計画では稲村ガ崎、片瀬川、江ノ島方面まで歴史探訪の足を伸ばしたかったのだが、やはり一日で鎌倉を回りとおすのは難しいですな。すっかりヘトって電車に揺られて帰途につきました。

テーマ : 本日の日記
ジャンル : 日記

tag : 鎌倉

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