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HP更新日記2

 今日は史料編纂所に行ってきました。ただ、国会図書館の方が資料は断然多いので、ついでのとき以外は利用しないですね。しかもココ、対応者が上から目線的で腹立ちます。

~千葉一族HP更新記録~
千葉介歴代のうち、千葉新介一胤、千葉介氏胤、千葉新介重胤、千葉権介俊胤、千葉定胤に加筆しました。他に佐倉藩に馬術師範として仕えた千葉家について追加しました。あとは、千田尼、千田泰胤、千葉清胤、門井正道の加筆と千葉正胤、千葉尚胤父子について項目を追加してあります。

通常、系譜に見える人物は、現在に近づくにつれて信憑性のある資料が増えてくるものと思いますが、こと近世の千葉宗家に関しては、これだ!というような確実な資料が近世以降なくなります。千葉宗家が小田原の陣で所領を失って浪人したため、資料の散逸などがあったと思われます。江戸時代には「我こそは千葉宗家の正統な後継者」と主張している人物が幾人か実在しています。そのうち、千葉権介定胤、千葉源之助知胤、千葉権介正胤・千葉尚胤父子らが特に積極的に活動していたようです。

ちなみに、最後の千葉介だった「千葉介直重(北条氏政の七男坊)」は、阿波徳島の殿様になった蜂須賀家に拾われて「北条七郎直重」と名前を改め、子孫は大石氏(直重の養父が大石家を継いでいた北条氏照のため)さらには伊勢氏(小田原北条氏はもともと伊勢氏)に改氏して明治に至りました。

他、豊臣秀次の家老・白井氏と関東白井氏との関係の考察と、美濃郡上東氏の当主・東左近将監氏数についての新資料を掲載しました。氏数が第三者の資料に見える初出と思われます。

それから長い間、デザインをしていなかったリンク集をバナー対応版にしました。ちょいと重くなってしまったかもしれませんが、気長に開いてみてください。

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