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春の東京~松戸散策

 桜の季節、花見を兼ねて歴史散歩してみました。

 巣鴨から雑司が谷霊園まで行って、千葉定吉・千葉重太郎のお墓参りをしてきました。「龍馬伝」で里見浩太郎さんと渡辺いっけいさんが演じてますが、坂本龍馬が入門した北辰一刀流桶町道場(龍馬入門時には桶町にはなかったようです)の道場主の一家です。千葉家の末裔で家紋も月星紋です。
定吉
 ▲千葉定吉、重太郎の墓碑

 雑司が谷には桜は咲いていないので、次は谷中霊園へ。やはり桜の季節は人が多いですね。霊園ですが、みなさん茣蓙ひいて酒宴です

yanaka 天王寺

 このあたりはかつて天王寺というお寺があって、その五重塔跡も残っています。が、その礎石も花見の椅子と化していました。時代も変われば、その石の役割も変わるってことですな。

 谷中霊園の中には、かつての大名家のお墓も遺されています。その中でも、一橋徳川家の墓地内には、旧一橋徳川家の旧臣が明治になって奉納した石灯籠があり、名前が列挙されていて、幕末の嵐を生き抜いた一橋旧臣の名前がわかる史料でもあります。

谷中灯篭
 ▲右端に、下総相馬家末裔の相馬胤富の名があります。

 ここから上野公園の桜を見に行きますが、途中にある寛永寺に立ち寄ります。

寛永寺本堂 寛永寺
 ▲現在の寛永寺本堂        ▲本堂前の石灯籠

 本堂前には石灯籠が並んでいますが、なぜか奉納年月日と寄進者、奉納した対象の将軍名が刻み消されています。明治維新時に、寄進者の家が徳川将軍家との関係を知られたくなかったからなのか、官軍による辱めなのか…または後世のいたずらなのか。その理由はわかりませんが、唯一本堂境内で銘が残っていたのは、本堂脇の一角にあったものだけでした。

 寛永寺1 寛永寺2 寛永寺3
 ▲寛永寺境内            ▲徳川家綱廟所前            ▲徳川綱吉廟勅額門

 本堂の裏手には寛永寺墓所があり、その敷地内には、将軍家や天璋院などが眠る廟所が今も遺されています。老中から奉納された石灯籠が霊廟前にずらっと並んでいます。そして、寛永寺墓所をさらに奥へ行くと、いまや誰も訪れることなくひっそりと広大な廟所があります。徳川家綱(厳有院殿)、徳川家治(浚明院殿)、徳川家斉(文恭院殿)の墓所になっています。

 天璋院と家定の墓所などはこの家綱廟所とは少し離れた西側にあります。こちらの内部はまったく見ることはできません。

 寛永寺から天王寺にいたる谷中霊園には、徳川家ゆかりの墓所が点在しています。点在していた、という方が正しいかもしれませんが。かつての将軍家の奥方達の墓所は寛永寺墓地から撤去され、跡地は一般墓地として分譲されます。一般市民となった徳川家が広大な墓所を管理するのは至難の業です。毀された史跡は二度と見ることはできません。国や都、区が、江戸時代の文化財として史跡を守るという姿勢を見せてほしかったもんです。

テーマ : 史跡巡り
ジャンル : 旅行

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