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麻布十番の賢崇寺

 会社帰りに、ちょっと麻布十番に寄ってきました。

 このまち、食べ物屋が多いですね。しかもなんだか少し高そう。昼飯を食べず昼時にウロウロすると危険です Mr.Childrenのアルバム「BOLERO」の撮影ポイント「パティオ十番」の階段を横目で見つつ、目指すは佐賀藩主鍋島家の菩提寺・賢崇寺です。

 この寺は佐賀藩士の菩提寺もなっていて、佐賀調査時に確認できなかった千葉胤廣(佐賀市の松原神社に、鍋島一門とともに石燈篭を寄進した人物)の墓所があるかもしれないという憶測で訪問してみました。

佐賀燈篭
 ▲佐賀市松原神社の燈篭銘(千葉胤廣)

 街なかにある急坂を登った先にある広大なお寺。境内に至るまでの急坂の参道は、ちょうどイチョウから銀杏が落ちる時期ということもあり、馥郁たる異臭が漂ったりしていましたが、麻布十番の雑踏とは無縁の静かな山内です。木も多く木陰は涼しい風が吹いていました。

 境内を入って右手に本堂、正面に鐘楼、本堂裏手にはすぐ佐賀藩主家の廟域があり、その周りに「佐賀県士族」「佐賀住」など旧佐賀藩士の家柄と思われる家の墓石が並んでいました。その中にやはり「千葉胤廣」の墓石がありました! 家紋は佐賀藩士千葉家と同様の十一曜星紋です。残念ながら、彼が佐賀藩千葉家のどの系統に属していたかの確認はできませんでしたが、彼が法曹界で活躍したであろうことの確認はできました。

鍋島2
 ▲千葉胤廣の十一曜星紋   
 (賢崇寺千葉家墓所)

 そのほか、旧佐賀藩士で歴史学者として名高く、やはり佐賀の松原神社に燈篭を寄進していた久米邦武博士もこの寺を菩提寺としていました。ほか、小城鍋島家、神代家、多久家、鍋島主水家など多くの佐賀藩所縁の家々が見られました。その法名の書体と刻み方も佐賀風が伺えます。

鍋島7       星巌寺
 ▲小城藩主鍋島家墓石    ▲佐賀県小城市の星巌寺(小城鍋島家菩提寺)
 (賢崇寺)

 小城鍋島家は本来は鍋島嫡子家だった鍋島三支藩の一家。ただ、藩公廟所は佐賀県小城市の星巌寺にありますので、こちらの墓はどういった位置づけのものかはわかりません。

鍋島6
 ▲鍋島主水直朗(小城藩初代藩主・鍋島紀伊守元茂二男)と鍋島主水茂和(直朗の孫)

鍋島5
 ▲神代鍋島弥平左衛門茂堯(神代領主)と神代家当主(確認失念)

鍋島1
 ▲藩主家の廟所。巨大な五輪塔が見えます。この廟域はフェンスで囲まれていて、一般の人が入ることはできませんが、人為的に柵を壊して中に侵入した形跡が見えます。ロクでもないのがいるもんです。

テーマ : 史跡巡り
ジャンル : 旅行

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