スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

水戸2010

 1年ぶりに水戸へ行ってきました 水戸藩士の系譜『水府系纂』と『一橋徳川家文書』の確認です。県立歴史館へ向う前に、「桜田門外の変」のロケで使われた桜田門周辺のセット見物に行ってきました。セットは水戸駅の南に広がる千波湖畔に作られていて、撮影後の現在はセットに入って自由に見ることができます。

 入場料は800円とややお高めですが、不思議な雰囲気を味わうこともできると思うので、払って損はないと思います。ただ、ボランティアの人の数が多すぎるかも。ワタシは開場直後に入ったからそう感じたのか。。。

 会場に入るとすぐに桜田門のセットが見えます。なるほど、結構なつくりです。石垣はやや作った感がありますが、全体的にそっくりです 地面に敷き詰められているのは雪のように真っ白な細かい石です!! 70トン近い砕石を撒いているそうです。すげー。屋根の上の白い雪も白い砂利です。雪の降る中行なわれた桜田門外の変を再現するために、こんな努力をしているんですな。

桜田門セット3 外桜田門実物
 ▲セットの外桜田門        ▲実際の外桜田門

桜田門セット2 桜田門実物
 ▲セットの桜田門          ▲実際の桜田門

桜田門セット4 桜田門セット1
 ▲セット外桜田門内側      ▲桜田門を通して彦根藩邸。すごい近い~

桜田門セット5 桜田門セット6 桜田門セット7
 ▲杵築藩邸表門         ▲彦根藩邸表門         ▲松の廊下

 ほかに米沢藩邸や広島藩邸の門が再現されていますが、若干角度と門の位置が実際とは違っています。米沢藩邸の表門は桜田門と対面し、広島藩邸の表門は桜田門側にはありませんでした。また、セットでは杵築藩邸と広島藩邸が平行して建っていますが、実際は広島藩邸は杵築藩邸とは南西に逆扇形で接していました。ただ、セットについては映画の演出上敢えて行なっているようです。少し残念に思ったのは、彦根藩邸と桜田門があまりに近く写り過ぎていることです。おそらく実際の距離の10分の1以下しか離れていないので、違和感があります。遠近感を出すために小さく門を作ってもよかったのではと思ったものの、これもやはり演出上(彦根藩邸の存在感)の問題かもしれません。

黄門様 湖畔 水戸の紅葉1 水戸の紅葉2
 ▲黄門様です      ▲水戸はすっかり紅葉です

 セットを出て、歴史館へ向かいます。千波湖の周りは遊歩道になっていて、走ったり散歩したりする人がたくさん。周りの公園もすっかり紅葉です。空が青いのでよく映えます。水戸光圀の銅像も建ってます。ちょっと偕楽園にも寄ってみますが、この時期は誰もいません。あと数ヶ月もして梅が咲く頃になると、歩けないくらいの人が押し寄せますので、かえってこういうときのほうが、偕楽園内をゆっくり散歩できるかもしれません。

偕楽園 
 ▲この時期の偕楽園は誰もいません…

 偕楽園をでて、県立歴史館へ。ここで一橋徳川家文書などを見ます。一橋家に仕えていた相馬家を追っているのですが、国会図書館蔵の江戸幕府の役職武鑑には、一橋家の家臣として本来載せられているべき相馬家初代「相馬多宮(正胤)」の名がなく、まったく同時代に「相馬半左衛門」が記載されていました。しかし「半左衛門」の通称が寛政譜の相馬正胤の項目に記載されていないため、両者の関係は不明でしたが、一橋家文書の記載により相馬正胤の通称が半左衛門だったことが判明し、両者が同一人物とわかり、謎がひとつ解けました。

柿 みかん
 ▲実家の庭では柿やらミカンやらがわんさか実り出しました!

 実家ではすでに柿とミカンの収穫をやっていました。収穫が終ればすぐ冬です。まだ一橋家文書は読みたい部分がたくさんありますが、冬の水戸は寒さが厳しいので、あったかくなるまではしばらくお預けです。


 

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

もっきー

Author:もっきー
千葉一族、Mr.Childrenをコヨナク愛する千葉県人

リンク
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
月別アーカイブ
カテゴリー
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。