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鎌倉御家人 安達氏についての一考察 その三

●安達氏の性格

 安達氏の氏族としての特徴は、まず源家との強い「私的な主従関係」が挙げられます。おそらく盛長はもともと頼朝個人の「私的従者(雑色的な性格も兼ねる)」であり、頼朝の深い信頼関係で結ばれた近臣として重用されました。この盛長の出自から、その後の源家の「執事」的な氏族的立場が生まれたのでしょう。

 では、盛長はいつから頼朝に仕えたのでしょう。盛長は少なくとも平治元(1159)年12月の「平治の乱」の時点では頼朝と行動をともにしていないため、仕えた時期は、永暦元(1160)年3月に頼朝が伊豆に流された後であろうと思われます。先述のように、盛長は熱田大宮司家との関係が考えられ、頼朝出仕の時期やその信頼感から考えて、頼朝配流の際、頼朝の叔父「祐範」が付けた「郎従一人」が盛長そのひとである可能性も強ち有り得ないことではありません。

 頼朝配流から二十年後、藤九郎盛長は頼朝挙兵に当たっては各地の「累代御家人」に協力を依頼する使者として走り回り、千葉介常胤を味方に引き入れることに成功しました。鎌倉入部後は頼朝が尊崇した甘縄の伊勢社の管理のためか「甘縄」に屋敷を構えました。この盛長の「甘縄邸」は、後述のように、その後の頼朝をはじめとする歴代将軍が公式行事を行ったり、仮御所としたりするなど「公邸」の意味合いを持っていた様子がうかがえることから、「甘縄邸」はおそらく「源家別邸」的な性格の施設として建てられたものと思われます。そして、もっとも信頼する従者で、執事的存在の藤九郎盛長を主として据え置き、子孫の安達(城)氏もこれを代々継承していったのでしょう。頼朝が行った最初の「公的行事」は、治承4(1180)年12月20日の、新造御所から他所へ移る「御行始」でした(『吾妻鏡』治承四年十二月廿日条)。

 こうした盛長の頼朝個人の「私的従者」という性格は、盛長が宿老になっても残り、生涯を通じて官途に就くことがなかったのは、一般の御家人とは一線を画す存在だったためでしょう。名字を名乗らなかったのも頼朝個人の「私的従者(一部雑色的な存在)」の性格を有していたためでしょう。頼朝薨去の直後に「安達」の名字を称するようになりますが、これは頼朝個人との「私的従者(一部雑色的性格)」関係が解消されたということかもしれません。ただし、その後の安達氏と源家(尼御台含め)との個人的な繋がりは維持されており、それは個人の「私的従者」という立場から家の「私的従者(執事的存在)」へ昇華していると思われます。

 ところが、盛長のこうした「従者」という出自は、三浦氏ら有力な御家人からは一等低く見られていた可能性があり、宝治元(1247)年6月5日、安達景盛入道が子の城介義景、孫の城九郎泰盛を招いて、「被遣和平御書於若州之上者、向後彼氏族、独窮驕、益蔑如当家之時、憖顕対揚所存者、還可逢殃之條、置而無疑、只任運於天、今朝須決雌雄、曽莫期後日」と叱責している通り(『吾妻鏡』宝治元年六月五日条)、「当家を蔑如」にしてきた三浦泰村の態度がうかがわれます。

 そして、安達氏が源家の私的従者との認識が端的に表れているのが、頼朝の後継者である二代将軍・源頼家による景盛追討令です。正治元(1199)年8月、藤九郎盛長入道の管掌国・三河国で起こった叛乱の鎮定を景盛に命じ、その留守中に景盛の妾女を強奪するという暴挙に出、さらに帰国後に不平を言った廉で景盛追討を企てました。これは頼家が安達氏を「私的従者」であるとの認識があったからに他ならないでしょう。これは決して頼家だけの認識ではなく、政所別当・中原広元(のち大江広元)が「如此事非無先規、鳥羽院御寵愛祗園女御者源仲宗妻也、而召 仙洞之後、被配流仲宗隠岐国」と、頼家と景盛の関係を鳥羽院と源仲宗(院近臣)との関係に准えており、御家人中にも、安達氏は源家の「私的従者」であるという認識があったことをうかがわせます。

 なお、この強奪事件では、頼家の命を受けた「鎌倉中壮士等」が「藤九郎入道蓮西之甘縄宅」へ押寄せたため、尼御台がみずから甘縄邸に駆けつけ、頼家を激しく叱責し「若猶可被追討者、我先可中其箭」とまで言って、諸士を引き上げさせており、安達氏と尼御台は非常に緊密な関係にあったことがうかがわれます。頼家の安達氏(とくに景盛)に対する「敵意」は、頼家が伊豆国修善寺に押し込めになったのちも続き、「於安達右衛門尉景盛者、申請之、可加勘発之旨」を尼御台に対して願っていますが(『吾妻鏡』建仁三年十一月六日条)、「御所望条々、不可然」と悉く却下されました。この頼家の安達氏に対する激しい敵意は、その育った環境が強く影響していると思われます。

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