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徳川慶喜邸

ビワミン 先日の東照宮に続いて、徳川つながり…ということで、今回は徳川慶喜邸跡です。

 徳川慶喜はいうまでもなく最後の将軍です。家康の再来と討幕派の人々に恐れられた、非常に頭の切れた人物だったようです。幕末の動乱のさなか、江戸に攻めてきた朝廷軍に降伏し、江戸城を西郷どんに明け渡して水戸に謹慎しました。

 慶喜は三十三歳で謹慎を命じられ、謹慎を解かれたあと七十七歳で亡くなるまで趣味の世界に生きました。写真、絵画、自転車、刺繍、釣り、弓……。いずれもプロ級の腕前だったということです。う~ん多才な人です。

 東京に移住後は東京小日向第六天(文京区春日2-8-7)に屋敷をもらって住みました。写真がその屋敷跡(右側の森)なのですが、大玄関前にあったイチョウだけが当時のまま残っています。他のお屋敷なんかは一切合財ぶっ壊されて、官舎になりました。その官舎もすでに廃墟となって壊される日を待っているようです。

●慶喜に関連した書籍のご紹介。
『その後の慶喜―大正まで生きた将軍―』(家近良樹著 講談社選書メチエ)
『徳川慶喜家の子ども部屋』(榊原喜佐子著 角川文庫)
『徳川慶喜家にようこそ』(徳川慶朝著 文藝春秋)

 第六天のお屋敷の話については『徳川慶喜家の子供部屋』がおススメです。実際にそこに住んでいた慶喜の孫にあたる榊原喜佐子さんが、当時の絵日記をもとに回想しています。管理人もこの本を読んで、フラリとこの急坂までやってきたわけです。たぶん、この屋敷跡もまた更地になって、近代的なマンションか何かが建ってしまうのかな。こういう場所は史跡として残しておいてもらいたい、と思った一日でした。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

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千葉県人さん(こう書けばいいの?)こんにちは。
慶喜的にいくなら、私もこの秋で謹慎を命ぜられる年齢になります。
もっとも77歳で死ぬ気はさらさらありませんが。
リンクをはっていただきましてありがとうございました。
しかし、いい意味でなんとも一貫性のないリンク先に多趣味な一面を窺わせますね。

Posted by るんるん at 2005年08月15日 00:40
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