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とんかつ かつ波奈

tonkatu 今日はとんかつ屋「かつ波奈」に晩飯を食べに行ってきました。今日は感謝デーということで、外まで人があふれる状態。ベルを渡されて待つことに。……待つことニ、三十分、ベルに呼ばれて店に戻り着席! ヒレカツ定食(大)を注文しました。あらかじめ、すり鉢に入った炒りゴマが持って来られ、これをすりつぶしたものと特製ソースをまぜまぜしてトンカツにかけるわけです。

 ここのヒレカツは大変うまいです。肉が本当に柔らかい。味噌汁も豚汁かめかぶ汁かで選べます。もちろんご飯とキャベツはお代わり自由です。で、今日もお腹いっぱいです。そういえばここ最近、食べ物ネタしか書いていませんね。

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治承5(1180)年9月4日

 安西景益が頼朝から手紙の指示に従って、一族と安房在庁官人三人を率いて、頼朝が宿泊していた民家に参上した。 景益が申すには、
「このまま広常のもとを訪れるのは少々無用心かもしれません。長狭常伴のような連中がどこにいるかもわかりません。まず広常に出迎えの為に参上すべしとの手紙を送るべきでしょう」
ということだった。

 頼朝もこの幼馴染の景益の言うことに従って、民家を発したのち景益の屋敷の方へ戻った。そして改めて和田義盛(三浦義澄の従兄弟)を広常のもとに遣わし、乳母夫の安達盛長を千葉介常胤のもとに遣わして、それぞれ味方につくよう指示した。


 前日に敵に襲われそうになり、味方の三浦義澄の機転で間一髪助かった頼朝は、改めて四面楚歌の事実をまざまざと感じたのだろう。いったん幼馴染の家に戻り、父・源義朝の郎党になっていた上総広常と千葉介常胤の両名に対しても、とりあえず味方につくよう使者を送っている。実は、石橋山で頼朝を討った大庭景親も、もともとは父・源義朝の郎党だった人物。さらに源義朝をだまし討ちした長田忠致も義朝の郎党だったのだ。頼朝は猜疑心が強かったと言われているが、こんな生い立ちが関係しているのかもしれない。

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