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■あの頃を思い出す歌ってあります?■

夕焼け「あなただけを~Summer Heart Break~」

 ふと、帰り道で聞いていたラジオからサザンの懐かしのメロディーが流れてきました。そういや、これ聞いてたのは10年前、大学生活もまだ前半のころでした。

 同じ頃、よく聴いていた曲…Hello,Again、【es】、サンキュ。、ロビンソン、愛のために、浪漫飛行、君がいたから、この愛に泳ぎ疲れても…

 こんなのを聞きながら、友人たちと夜な夜な外出しては、幕張の海に行ったり、カラオケに行ったり、ビリヤードしたり、近所の巨大アミューズにゴーカートしに行ったり…よく遊んでいましたね。あーでもないこーでもないとしゃべってた頃が、耳から入ってくるわずか数分の音楽で一瞬にしてよみがえります。情景までリアルに出てきます。

 しかし、次の瞬間、最近の曲が流れて現実に引き戻されました。おぉ、今日は2005年9月7日。10年前のフラッシュバックは一瞬で消えました。この10年で管理人の周辺もいろんなことが変わりました。10年前は想像もしていなかった環境が今ここにあります。面白いもんです。

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治承5(1180)年9月7日

 木曽冠者義仲は、頼朝の叔父・源義賢の次男である。頼朝との従弟にあたる。義仲の父・義賢は、去る久寿2(1155)年8月、武蔵国大倉館にいたところを、頼朝の異母兄・源義平に攻められて討死した。このとき、義仲は数え三歳の幼児であった。乳母夫の中原兼遠が幼い義仲を抱いて、信濃国木曽に逃れて養育した。
 義仲はここ木曽で成人したが、武略にあふれ、平家一門を倒し、源家を再興する志を持っていた。しかし頼朝がすでに挙兵して、伊豆の石橋山で平家と合戦を始めたことを聞き、自分も兵を挙げて源家再興の志を遂げんとした。
 このとき、信州には平家方の笠原頼直という者がいた。今日、頼直は木曽に攻め入ろうと兵を集めたが、義仲に味方する村山義直、栗田寺の別当大法師範覚らが頼直を防ぐため挙兵。信濃国市原で合戦となった。しかし、村山義直は矢が尽きて姿を消した。急使を義仲のもとに遣わして戦況を伝えた。これを聞いた義仲はただちに旗下の大軍を率いて挙兵。笠原頼直はその威勢を恐れて逃亡し、越後国の平家党・城長茂のもとに逃れていった。


 木曽義仲の登場ですね。木曽義仲は頼朝とは従兄弟同士に当たる、きわめて血縁の近い人物です。しかし従兄弟とはいえ、頼朝は京都で生まれ育ったのに対し、義仲は幼い時分に父(母もか)を殺され、信州の山奥で育ったわけで、面識は一度もありませんでした。義経にしても、黄瀬川の陣に頼朝を訪ねて対面したのが兄弟初対面だったわけで、面識のない従兄弟など他人です。しかし、両者ともに、源氏の嫡流であるという自負が強く、このことから、両者は互いに受け入れることなく、戦いの渦に飲み込まれていきます。

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