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■ちょっと翻訳■

ライト 秋の夜長、何気なくBACKSTREET BOYSを流していましたが、よく考えたら曲の意味もわからずに聴いていることに気がつきました。そこで、どんな内容を歌っているのか気になって、とりあえず今流れていた「shape of my heart」の歌詞を、翻訳サイトで翻訳してみました。

「Hmm yeah yeah Baby, please try to forgive me」

とりあえず、出だしを入れてみると、
●livedoor翻訳
「Hmm、はいはい、赤ん坊、私を許そうとしてください」

うん? このBabyはきっと「赤ん坊」じゃないだろう?

●Excite翻訳
「ふむ、うん、うん ベイビー、私を許すようにしてください」

「ふむ、うん、うん」というところがおもろいですね。

…という感じでひたすら翻訳していきましたが、どうも要領を得ない訳になってしまい、結局さっぱりわかりません。英語の歌詞を眺めていたほうがニュアンスが伝わってくることに気がつき、翻訳をやめました。

 外からはリーリーと秋の虫の声が聞こえます。夜はだいぶ肌寒くなってきたました。

 ※※※※※※※※※※※※※

治承4(1180)年10月4日
 
 武蔵秩父党の畠山重忠が、長井の渡しで頼朝の陣に参陣した。彼とともに、一族の惣領・河越重頼や江戸重長も参上した。彼ら秩父党は、頼朝に味方をした三浦介義明を三浦半島に討った者たちである。一方、三浦介義明の子、三浦義澄ほか一族たちは頼朝に味方して武功を顕している。

 頼朝は、義澄ら三浦一族に、重長たちは、源家と敵対したとはいえ、武蔵国内随一の勢力を誇る秩父一党である。彼等を遇せなければ事は成り難い。 もし源家に忠節を思うならば、過去の恩讐を腹に納めてもらいたい、という事を申し聞かせ、義澄らも納得して秩父一党を迎えた。


 三浦氏にとっては、畠山重忠、河越重頼、江戸重長ら秩父一党は一族の仇ともいうべき人たちだった。畠山重忠の母親は三浦義明の娘という関係で、もともとは縁戚関係でもあったのだが、彼らは武蔵国主・平知盛(平清盛の子)の被官でもあり、ついには平家党として頼朝を討つ側に回ってしまった。
 しかし、彼ら秩父一族はかつては源家にしたがって奥州へ出陣したり、源家と縁戚関係になったりと源家とも大変強い結びつきがあった。おそらく江戸重長は先日頼朝に参向を命じられた直後に、惣領である河越重頼や畠山重忠と連絡を取り合い、本日の参陣に至ったのだろう。重長が頼朝から参向を命じられたにも関わらず、すぐに参向しなかったのはこういった背景があったのかもしれない。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

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笑える日記でしたね。
もっと訳すともっと意味不明になりそうで期待できそうだ。
日本語と英語のニュアンスの違いもあるでしょうが、普通に分かるレベルでも英語の歌詞ってつまんないことをウダウダいってることが多いですよね。

最近気づいたのですが、このブログのコメントが今や私ともっきーさんとの交換日記の体を成してるような。
ご安心ください。私は文体こそ男勝りですが、ホントのところはいい女です。期待してください。ぷぷv-207

るんるんさん、こんにちは

 歌詞の本文は、さっぱり意味をなさない文章になってまして、こりゃいかんなと思った次第です。翻訳の仕事なんかでうっかりこのWEBを使っちゃったりした日には、お客さんにえらい文句を言われそうですわいv-40

 るんるんさんは女の人だったのですか?! うーん、あの文章、ガッチリめの男の人かと思っとりましたがv-229
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千葉一族、Mr.Childrenをコヨナク愛する千葉県人

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