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◆千葉一族更新日記

 千葉氏HP更新。原氏について大幅に更新しましたが、嫡流家と「原越前守」家の関係について関心があります。

(1)応永13(1406)年(『香取社造営料足納帳』)
 ●原越前入道殿 が領していた場所
  →A「小栗原(船橋市本中山)」
   B「長峯(千葉市若葉区大宮町)」…原宗家の本拠・小弓に距離的に近い
   C「高篠(千葉市中央区高品町)」
   D「椎名(千葉市緑区椎名崎町)」…原宗家の本拠・小弓の隣地。ただし、これは「原殿」のみのため、越前守かは不明。

(2)永享3(1431)年(『中山法華経寺文書Ⅰ』)
 ●原宮内少輔胤義
  →「高石神(市川市高石神)」を領す

(3)永享10(1438)年、日親著(『折伏正義抄』)
 ●原宮内少輔…時代的に上記の原宮内少輔胤義と同一人物と思われる。
  →「高石神(市川市高石神)」在所の檀那
 ●原越前入道殿…応永13年の越前入道と同一人物?
  →家来の「佐久間九郎左衛門入道」…佐久間氏は原家の家風(『千学集抜粋』)

(4)文明3(1471)年9月9日『本土寺過去帳』
 ●「原越前入道道喜」
  →「小弓館」で討死。

(5)永正6(1509)年10月(『東路の津登』)
 ●「原宮内少輔胤隆」
  →小弓館で連歌師の柴屋軒宗長と連歌。
   おそらく彼の子孫が原宗家として続く。

 天正末期にも原宗家である原胤栄の一族として「原越前守」が見えますが、こうして見てみると、原宗家(宮内少輔胤隆の子孫)と原越前守家の血縁関係は非常に近いものと見て取れます。ただ、その系譜や関係を示す伝承が伝わっていないため、今のところ両者の血縁は不明です。

テーマ : 本日の日記
ジャンル : 日記

◆クリスマス・イブ♪

 クリスマスも我が家は和風の鍋です。なべ

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

◆デジタル一眼購入

 デジタル一眼レフを購入。本当は評判の高いペンタックスのK10Dにしようかと思っていましたが、どこも売り切れ。いままで使っていたカメラも砂が入ってしまいジャリジャリでいつ壊れるかわからない状態。そこで購入を考えたワケですが、K10Dはいつ入荷かわからないような状態だったため、ゴミ落とし機能つきで、写真の解像度が高く、感度を上げてもあまり荒れないといろんな雑誌に載っていたCANONのEOS kiss Digital Xレンズキットを購入しました。

 一眼は初めてなので、ゆっくりと覚えていこうと思ってますが、なんだかこのカメラの写り、ものすごい赤っぽいのです。雑誌の評判ではホワイトバランスはとてもいいと出ていましたが。。。やや不安です。
EOS

◆芝増上寺の旅

 芝の増上寺に行ってきました。ここは徳川将軍家の菩提寺であると同時に、開山は千葉介氏胤の子・酉譽聖聰という千葉氏ゆかりのお寺でもあります。

 地下鉄大門駅を出て、少し歩くと、最近建立の増上寺大門があります。「大門」といってもそれほど大きくなく、横浜中華街の門のようなカンジですね。かつてはこの門が「増上寺」の入口でした。
増上寺5
大門

 大門をくぐって少し進むと、安養院という増上寺の塔頭があります。門には「七曜に真向月星」の紋が! 屋根にも同じような七曜月星が。。。この塔頭、千葉氏と関係があるのでしょうか。
増上寺1
塔頭安養院

 さて、また歩いていくと、いよいよ三解脱門です。国道沿いにどーんと構える赤い勇壮な門は、一見すると「表門」のようですが、これは寺の中の門です。中門みたいなもの?

 境内に入ると、真正面に本堂と東京タワーが見えます。これだけ広く見える寺ですが、江戸時代と比べると十分の一以下の広さになってしまっています。
増上寺4
かつての増上寺(薄緑の範囲)

 明治政府によって多くの土地が没収されて公園となり、歴代将軍や公子、御台所などの御廟も、太平洋戦争ですべて壊滅。跡地の多くを西武グループが買い取りました。そのため、諸大名が奉納した燈籠やら建物、門などが全国各地へ流出していきました。一部西武グループが集積して本拠の狭山に寄せ集めで作った寺が狭山不動寺。燈籠などは柵の中に集められて、収容所状態です。しかも節操の無いことに、この不動寺の宗派は増上寺の浄土宗ではなく、寛永寺の天台宗ときてますから開いた口がふさがらない。

 しかも、東京プリンスホテルが建っている場所、そこは歴代将軍が眠っていた霊廟のまさにその場所。さらにプリンスホテルパークタワー(それ以前はゴルフ練習場にしてました)が建っている場所、そこは二代将軍・徳川秀忠霊廟跡です。我が家は旗本の子孫ではないので徳川家に恩も義理もありませんが、そういった霊廟跡というか、廟所跡とあからさまに判っているところにホテル? ゴルフ練習場? 西武創始者の道義的、倫理的な資質は推して知るべしです。
増上寺6
本堂

増上寺7
プリンスホテル(将軍家廟所跡)

増上寺2
鎌倉時代の諸菩薩

 とまぁそんなことを考えつつ、もと来た地下鉄大門駅から帰途に着きました。

テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 日記

◆鎌倉の旅

 鎌倉に紅葉狩りへ。いつものことながら、北鎌倉から鎌倉をめぐる一日です。

 ただちょっと紅葉には早かったようで、まだ青い葉っぱがちらほら。うーむ、暖冬ですね。なので、今回はあまり紅葉は気にしないことにして、気ままな鎌倉散策に目的を変更。
紅葉円覚寺
円覚寺前

 まずは北鎌倉駅前の円覚寺、そして明月院はパスして、建長寺へ。この建長寺の外門前には以前は鎌倉期のものと思われる石塔があったのですが、キレイに取り払われて消えていました。所詮、建長寺も文化財に興味を持たなくなったということでしょうか。そう考えたら、寺にお参りするのも馬鹿らしくなりましたが、ココまで来て観光しないのももったいないので、観光地と考えて寺に入り、くるっと一周して終了。巨大な地蔵菩薩が祀られている法堂は、もともと芝の増上寺にあった二代将軍御台所・崇源院の御霊屋です。その先にある唐門も崇源院御霊屋から移築されたもの。かつての崇源院御霊屋は東京プリンスホテルの建物の下敷きになってしまっています。
建長寺1
建長寺法堂(もと増上寺崇源院御霊屋)

建長寺2
建長寺唐門(もと増上寺崇源院御霊屋の唐門)

鶴岡八幡宮
鶴岡八幡宮

 建長寺を出て鶴岡八幡宮へ。さらに東へ歩き、幕府跡から頼朝の墓へ。ここはもともと頼朝の法華堂があり、近世になってその跡地に島津家が頼朝の墓を建立しました。その東の山の上には、島津忠久、大江広元、毛利季光の三人のものとされるやぐらが遺されています。そしてその崖の下には北条氏(と安達氏)に滅ぼされた三浦一族のやぐら、そして一面に広がる不自然な平地は、北条義時の法華堂(つまりは墓地)が建てられていた跡とされています(私は『吾妻鏡』の記述から疑問を感じていますが、学会は逆に『吾妻鏡』の記述から義時法華堂と断定しています)。

頼朝法華堂
(伝)頼朝法華堂跡

義時法華堂
(伝)義時法華堂跡

三浦氏やぐら
伝三浦一族やぐら

 その後、永福寺跡を見学しました。秋にはススキの海になりますが、今年はすでに枯れてしまっていました。残念。

 永福寺跡からふたたび御所跡を通って鶴岡八幡宮境内に戻り、岩屋堂前を抜けて寿福寺へ。寿福寺の横にある相馬天王社(千葉介常胤次男・相馬師常ゆかりの神社)をお参りして、寿福寺に入ります。門前には鎌倉期のものと思われる石塔が目立たずにひっそりと残っています。ここは頼朝が鎌倉に入る前、三浦半島の豪族・三浦一族の岡崎義実という人が、頼朝の父・義朝のためにお堂を建てていた場所です。頼朝ははじめここに屋敷を作ろうとしましたが、お堂があったことと敷地が狭かったということで、場所を変えました。
寿福寺
寿福寺

 寿福寺を出て、浄光明寺へ。この裏山には裁判のために京都から下ってきた公家・冷泉為相が眠っています。浄光明寺裏のがけをのぼると、鎌倉時代からそこにある地蔵が目に入ります。そこでお参りを済ませて、さらに上の冷泉為相五輪塔を参拝。ここからは遠く材木座海岸を望むことができます。
地蔵堂
地蔵堂

冷泉為相
浄光明寺裏の冷泉為相五輪塔

 浄光明寺を出て、化粧坂に向かいます。相変わらず急な坂ですが、のぼっていて楽しいですね。いい散歩コースです。源氏山公園を横目に、ふたたび下り坂へ。その先に銭洗い弁天があります。ちょっと立ち寄って、弁天様にお参り。ここで洗った金を、今度の年末ジャンボに使うことにします。
化粧坂
化粧坂

銭洗い弁天
銭洗弁財天

 弁天様の祠を出て、さらに下るとようやく平地になります。ここらへんには室町時代中期に関東管領・山内上杉家の屋敷があって、「上杉禅秀の乱」のときの舞台のひとつになりました。いまは全体が住宅地になってしまっていて、当時の面影はまったくありません。

 一本道を歩いた先の十字路を左折して、鎌倉駅に。ここで昼飯をとって、こんどは夕陽を見るために由比ガ浜に向かいます。途中、伝足利持氏の供養塔や伝新羅三郎源義光のお墓などを見物しながら、陽が落ちる直前に浜近くの光明寺に入りました。この寺の脇にある塔頭・蓮乗院は、千葉介常胤の建立によるものと伝えられる名刹です。光明寺の少し北、弁が谷付近に千葉氏の屋敷があったと伝えられ、また、光明寺を建立した良忠上人は常胤の曾孫・鏑木胤定と深い交流がありました。
持氏公
伝足利持氏供養塔

新羅三郎
伝新羅三郎義光墓

 光明寺をぐるっと見た頃、閉門の合図、お坊さんが出てきて、鐘を衝きはじめました。ゴーーーン・・・ゴーーーーーゥン・・・。ちなみに、このお寺にはネコが多く住んでいて、さらに人なれしているので、ネコ好きの方にはいいところかもしれません。
光明寺
光明寺

 光明寺からほんの少し歩いて、夕陽を撮るために材木座海岸に。。。。。。ビューーーーーーーー! なんちゅう風! いままではそれほど感じなかった「風」が建物の間を吹きぬけ、細い道を駆け抜けていきます。さらに砂まで舞い上げて、こりゃヒドイ。とりあえず、海岸に出れば、吹き抜ける風も少しは落ち着くかと海岸に出ましたが、その風は一向にやむ気配はなく、砂を巻き上げて容赦なく人間とカメラを襲います。しかも夕陽は雲に隠れてしまってたいした写真が撮れそうもなく、ちょっと後悔です。

 ここから街なかに戻るためには道路を横断する必要がありますが、そんな横断歩道は由比ガ浜までありません。しかし、どうにもこうにも結局暴風の中ですから、進むほかありません。結局、材木座から由比ガ浜まで暴風の中を歩き、バチバチ当たる砂粒が猛烈に痛いですね。さらに海風でベトベト。。。カメラにも砂が入って、レンズの出し入れにジャリジャリ言い出す始末。。。耳の穴は真っ黒、肩には砂が積もっているような体たらくで由比ガ浜までなんとかたどり着くも、へとへとです。おそるべし海風。。。
稲村ガ崎
稲村ガ崎

 計画では稲村ガ崎、片瀬川、江ノ島方面まで歴史探訪の足を伸ばしたかったのだが、やはり一日で鎌倉を回りとおすのは難しいですな。すっかりヘトって電車に揺られて帰途につきました。

テーマ : 本日の日記
ジャンル : 日記

tag : 鎌倉

◆結婚式 in 舞浜

 舞浜にて友人の結婚式。今年は結婚式ラッシュです。

 友人と舞浜駅に集合して、リゾート線でホテル最寄り駅まで。友人のひとりが、子供にウンコをつけられて遅刻です。式には間に合いましたが、悲惨でしたなバンブー君(仮称)。

 ホテル内がちょっと迷路っぽくて、間違えて客室の棟に上がったり、迷子になったりしましたが、なんとか控え室に到着。

 チャペルは開放的で明るい感じ。式場はシックな感じで、いろんな結婚式があるもんですなぁとしみじみ。またここでもめったに食べられない料理を堪能です。ちょっとおなかが膨れすぎて苦しいくらいでした。
舞浜結婚3

舞浜結婚2

 結婚式ってのは、ほんとにやっぱりめでたいものですな。
舞浜結婚1

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

◆結婚式 in 軽井沢

 軽井沢にて友人の結婚式。軽井沢には年に数回、その友人のところへシゴト(?)で行きますが、以前は車で深夜に4時間かかっていたのが、いまは電車で上野から1時間。近くなったもんです。会社帰りに寄ることもできたり、ひじょーに便利になりました。

 さて、今日は朝から友人たちと上野で集合。長野新幹線で1時間、軽井沢に到着。しかし、天気予報とは裏腹に、軽井沢はふかーーーーーーーーーーーーい霧に包まれ、寒。式まではまだ時間があったので、駅の横にあるショッピングモールで買い物をし、迎えのバスに乗って一路、プリンスホテルへ。

 軽井沢ってところは自然が多くて、式場も緑の中で、結構な趣。いいところですな。
軽井沢結婚5
▲控え室…デカ!

 さて、式では友人と一緒に受付をまったくソツなく颯爽とこなし、披露宴ではめったに食えない料理に舌鼓。奥さんもキレイで、よかったねぇ大隈君(仮称)。

軽井沢結婚4


軽井沢結婚3


軽井沢結婚2


軽井沢結婚1


 二次会のビンゴ大会ではダンボが当たりました。嫁へみやげです。結婚式ってのはやっぱりめでたいものですなぁ。
ビンゴ

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

◆相馬の旅2

 朝飯の時間まで早朝の散歩をすることに。まず、ホテルの近くにある相馬家菩提寺・興仁寺を訪問しました。このお寺にはすでに相馬家のお墓はありませんが、相馬家家老の熊川家の立派なお墓は残っています。

 続けて、宇多川を渡った対岸にある相馬家菩提寺・蒼龍寺址(今はお墓しかないです。お寺自体は南の馬場野へ移転してしまっています)を見て、戊辰戦争の際に仙台藩代表の宿所となった正西寺へ。このお寺の山門はもともと中村城の城門とのこと。たしかにお寺の門には似つかわしくないシャチホコがついています。

 続けて、相馬家菩提寺・円応寺を訪問です。ここには藩祖・相馬利胤の祖父に当たる天授院殿(相馬盛胤)の御壇が残っています。墓地の中に一本高くそびえる杉の木の根元にそれはありますが、墓石はありません。杉の木が墓標です。

 こうして見ると、相馬家の菩提寺は相馬領内にいくつも点在しています。
盛胤公
円応寺の盛胤御壇

 帰り際に相馬中村藩の居城・中村城を訪れました。今日はここで「相馬神社例大祭」が行われるらしいのですがっ。時間がなくていけません。相馬神社は中村城の本丸跡に建てられた神社で、相馬家祖・相馬次郎師常(千葉介常胤の次男)を祀っています。屋台やら何やらの準備が始まっています。

 そうこうしているうちに、ホテルの朝食タイムが迫ります! やばぃ、はやく戻ろう。ということで、あとは朝食済ませて、図書館に行って調べものの一日。夕方の特急で千葉へ帰ります。

 ちなみに、相馬を訪れた際には必ず行く蕎麦屋があります。相馬市役所前にある「まる久」というお店。ここの蕎麦は大変美味です。相馬に行く機会がある方はぜひ行ってみてください。

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

◆相馬の旅1

 相馬への旅。今回の大きな目的は、(1)いわき市平城の戊辰戦争の痕跡、(2)南相馬市小高の相馬岡田氏旧跡の探索、(3)図書館での相馬藩世紀ならびに中村藩士の藩士譜の書写、です。

 いわき市内の戊辰戦争の痕跡として今でも残っているのは、中心街の性源寺山門に残る弾痕くらいなものですが、戊辰戦争の激戦地の跡を何も残っていないにしろ、次に乗る予定の特急が来るまでの約2時間の間に、戊辰戦争の現場をすべて見て回る勢いで歩きました。ゼイゼイ。。。

 性源寺、岩城城址遠望(岩城氏の城址)、松ヶ岡公園(幕末の平藩主・安藤信正像を見る)、秋葉神社遠望(戊辰戦争時、岡田監物隊が布陣)、良善寺(平藩主菩提寺)、急坂を登って飯野八幡宮、六間門跡(幕末の相馬藩御一家・相馬将監胤眞がここで官軍と戦った)、本丸跡など等。。。飯野八幡宮は千葉一族・大須賀氏ゆかりの好嶋庄に鎮座する神社です。

 余談ですが、私がこの神社にお参りしていたときに甥っ子が生まれました。ここで安産祈願もしたので、彼は八幡様ゆかりってことになるんでしょうかね? 八幡太郎ですね。
岩城城
岩城城遠望

六間門
六間門

飯野八幡
飯野八幡宮

岡田将監
秋葉神社遠望

 平城はもはや城跡としての痕跡はほとんどなく、知らない人が歩けば高台にあるただの住宅地です。しかし、「かつてそうだった」的な見地で見ると、道のクランクやちょっとした盛り上がりなどがわずかに「城」をかもし出し、別の風景に見えてくるものです。

 さて、いわき駅を出発して、一路小高へ。

 小高では、まず相馬岡田氏(相馬家御一家筆頭)の館跡を見ます。小高城の南方の高台につくられた館で、その遺構がはっきりと残っていて、いまは初発神社(妙見神社)の境内です。明日は千葉氏顕彰会のご一行もここを訪れる予定になっています。

岡田館
岡田館跡

 その後、小高駅からタクシーに乗って、相馬家の旧菩提寺・長松寺へ向かいます。このお寺、タクシーの運転手も知らないマイナーなお寺になっていました。。。行ってみると、住職もいない閑散とした小寺で、唯一、文化財の梵鐘だけが吊るされていました。

 そのまま駅のほうに戻ってもらい、相馬藩侯の墓所がある同慶寺で下車。同慶寺にある藩侯墓所は普段は門が閉められていて入ることはできませんが、7月の野馬追いの時期だけは開放されています。
同慶寺
同慶寺

 お寺から少し歩いて、相馬家の居城址・小高城へ。小高妙見社をお参りし、境内にある戊辰戦争の碑を見ます。この碑には、戊辰戦争で岩城に討死を遂げた相馬将監胤眞の名が刻まれていました。

 小高駅に戻って、常磐線で相馬へ向かいます。

 相馬駅からタクシーに乗り、相馬家菩提寺・洞雲寺へ。ここは小高で梵鐘だけが残っていた「長松寺」の前身で、明治に至って寺自体は小高に移されました。寺地ならびに墓は洞雲寺が受け継いで現在に至ります。ここは主に藩侯の子女の菩提寺となっていて、寺の高台にご婦人方の巨大な五輪塔が遺されています。ここにお参りをすませ、寺のすぐ隣にある二宮尊徳の墓をお参りしました。相馬地方は、江戸時代の大飢饉のあと、二宮尊徳の「報徳仕法」によって危機を脱しており、今でも二宮尊徳を篤く祀っています。二宮尊徳の子や孫は相馬に住み、孫は北海道に渡って開発に尽力しました。ここをお参りすると、ちょうど日も暮れてきたので、今日の探索はココまでとしました。明日は図書館に籠もる予定ですね。

洞雲寺
洞雲寺の藩侯子女五輪塔

テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 日記

tag : 相馬

◆奈良への旅2

 今日はチャリンコで西大寺、秋篠寺、孝謙天皇陵、薬師寺、唐招提寺、平城宮跡、朱雀門跡、聖武天皇・光明皇后陵を見て回ります。とにかく暑かった。。。

朱雀門
朱雀門

聖武天皇陵
聖武天皇陵

光明皇后陵
光明皇后陵

 光明皇后陵造陵の責任者を務めたのが、当時の白壁王(のちの光仁天皇)、桓武天皇の父親です。

 本当は奈良の古い街並み(南のほうにある)も見る予定でしたが、時間的にムリでした(T_T)

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

◆奈良の旅1

 奈良の旅。奈良には小学校以来行っていないので、行ってみたかった、という単純な理由での旅行ですが、もうひとつの大きな目的は、桓武天皇の父と祖父の御陵の取材です。久々に見た興福寺や春日大社、東大寺は、小学校時代にはまったく感じなかった歴史の重みを感じました。

 桓武天皇の父・光仁天皇、祖父の志貴親王の御陵は、春日大社のはるか東の山をいくつも越えていった先にあります。はじめはバスで行こうと思っていましたが、バスはほとんど走ってません! よしんば行っても帰ってくるバスがありません! なので、高いのを覚悟でタクシーで行ってきました(泣)

 このあたりのタクシーの運転手は、観光地のガイドも兼ねているということもあって歴史にとても詳しく、ワタシが乗ったタクシーの運転手は、歴史はとくに好きではないが、観光客のために勉強したという努力家でした。いろいろこのあたりの話を聞きながら御陵に向かいました。光仁天皇と志貴親王の御陵は殊の外マイナーなはずですが、この運転手さんはご存知でした。二人の御陵はそれぞれ別の場所にありますが、畑の中にコジンマリとある点では共通しています。巨大すぎる大阪周辺の伝天皇陵よりもリアルに「墓」という感じがします。

志貴親王
志貴親王(御春日宮天皇)の御陵

光仁天皇陵
光仁天皇陵

 お参りと取材後、再びタクシーに乗り込み、途中、太安万侶の墓を案内してもらい、奈良駅に戻りました。結構走りましたが五千円程度で済みました。ホッ。

 夜は東大寺や春日大社、興福寺で行われた万灯会に出かけて、御盆の雰囲気に包まれてみました。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

◆ハムスターは手先が器用

 我が家のハムスター、梵天丸。

 にんじんの細切りをあげたところ、リコーダーのように両手で持って食ってました。器用です
侍ハム

テーマ : なんとか生きてます
ジャンル : 日記

tag : ハムスター

■久しぶりのPS

 久々にプレステに電源を入れました。

 ふとDVDの箱の中にあった「ドラクエ5天空の花嫁」を見て、衝動に駆られたのです。主人公が父親といっしょに冒険し、その後父と死別して結婚。生まれた双子や奥さんとともに冒険して魔王を倒すといったストーリーです。

 とりあえず冒険を始めたのですが、私はゲームを始めると眠くなってしまうので、あまり長い時間できません。今日もまた始めて数十分、やっぱり寝ました。ゲームの中ではモンスターと戦闘中。モンスターはコマンドを入れない私を攻撃もせず、待っていてくれているようでした。

 普段もホームページの更新作業をしていると眠たくなってしまい、結局更新できないなんてことがままあるのですが、千葉氏HPの更新が遅いのは、私と眠気の戦いの結果でもあります。

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

■結婚式

 今日は友人の結婚式。朝から若干ソワソワ。一年ぶりのスーツのため、やや緊張なのです。私は仕事柄、スーツを着ないので、ネクタイの長さの調節にも一苦労です。

 友人たちと舞浜駅で待ち合わせ、ぞろぞろとモノレールに乗り込みます。式場のホテルミラコスタの最寄り駅は三つ四つ先です。ミラコスタはディズニーシー付属ホテル。モノレールの駅から直接屋根つき通路を伝って行くことができます。おそらく値段もかなり張るホテルでしょうが、ロビーの混み具合はスゴイですね。ここの予約をとるのは至難の業なんでしょう。このヒトたちはどうやって予約したんでしょう。

 さて、式場は長い廊下の先にあります。この辺はヨーロッパのなんたら宮殿のようなイメージです。
みらこすた1

 
 結婚式では、ディズニーキャラクターが次々に登場。ドナルド、グーフィー、リス二匹(名前不明)が各机を回ってきますが、彼らは基本的に無言です。激しいジェスチャーでなんとなく云わんとしていることはわかるのですが、突然ハイテンションでつっこまれても困りますな(^^; ドナルドに至っては、くちばし突きです。ウヴァッ!
ミラコスタ


 そして、一番の盛り上がりのときにミッキー、ミニーのご登場。やはりディズニーといえば彼らなんでしょう。彼らも激しいジェスチャーで愛想を振りまいていました。

 結婚式ってやっぱりめでたいですね。何度行ってもいいものですよ~。

テーマ : きょいの出来事
ジャンル : 日記

◆濃いぶどうジュース

 近場のサンマルク・カフェで買ってきた、ぶどうジュース。濃くてうまいです♪
ワイン?

テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 日記

tag : サンマルク

◆千葉氏顕彰会 講演会

 千葉氏顕彰会が主催で毎年行われる恒例の慰霊祭が、千葉の亥鼻公園で行われました。

 曇って寒かったせいか、さてまたマンネリ化してしまったためか? いつもより出足は少なかった印象。三十人前後でしょうか?
 
 慰霊祭のあとに行われる講演会は「相馬氏と平将門伝承」。お話は相馬氏研究の第一人者、東北福祉大の岡田清一教授です。説明を聞いていると、へぇ~、なるほど~、というような内容が盛りだくさん。有意義でした。

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

tag : 千葉氏

■九州旅行4

 九州旅行4日目。今日は本州に帰る日です。

 早朝から唐津を散策して、佐賀県を後にします。目指すは福岡、そう、今日は「博多どんたく」です。そのため博多は混んでいました。福岡城からどんたくの会場まで歩きましたが、これだけの人には久々に会います。福岡は佐賀よりも栄えている印象です。どうやら福岡藩主の子孫、黒田さんも招待されているみたいですね。福島の相馬野馬追いもそうですが、殿様の子孫は地元のお祭りには招待されるものなんですね。
どんたく


 どんたくに夢中になっていると、新幹線の発車時間まで1時間を切っています! あーー、まずい。というわけで、急ぎ引き上げて博多駅に地下鉄で直行、ロッカーの荷物を抱えて新幹線に飛び乗りました。そして五時間半後、東京に到着です。長い電車の旅です。夜もふけた東京駅には、たくさんの人で賑わっていました。

 小城千葉氏の資料もだいぶ集められたし、新発見もあったし、満足の旅でした。まだ行き足りない部分もあったのでまた行きたいですね。ただ、お金も時間もかかるから、そうそう行けませんが。

テーマ : 本日の日記
ジャンル : 日記

■九州旅行3

 旅行三日目は唐津の散策と伊万里焼の旅だ。
 
 唐津城は玄界灘に面する小高い山に立てられたお城だ。そしてこの唐津の中心地は、堀に囲まれていた城下町だったのだ。市役所も堀と石垣の中にあった。とはいっても、お堀のそこはコンクリ、どうやら石垣も新しそうだし、最近作ったんだろなぁ。
唐津城


 唐津から電車で40分ほどで、伊万里駅に着く。伊万里は焼物の町。駅名の看板まで陶器でできとるっ! シブイ! ここで絵付けをしてみようと思っているのだ。
いまり


 しかし、伊万里に着いたのは夕方だったもんで、行きたかった伊万里の釜場に出るバスがなく、観光センターで絵付けできる店を聞いたところ、市内でよさげな絵付けの体験工房「肥前屋」を教えてもらって、ちょっと行ってみた。二階で絵付けをやっているそうな。

 ここで、無愛想なのだがどことなくおもろいにーちゃんに絵付けを教えてもらう。この絵付けってのは、意外に難しい… 紙に書くのとは違って、絵の具が須恵器にあっというまにしみ込む・・・で、ちょっと多めに絵の具をつけようものなら、どっぷりと色がついてしまう。こらぁ難しいわ! 東京の下町の小さなギャラリーとかでひっそり個展を開いている陶芸家たちも、けっこう凄腕なんじゃないかと思った瞬間だった。
サラ

テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 日記

■九州旅行2

 旅行二日目は小城市へ。ここは中世千葉氏の本拠地で、千葉氏がつくったまちです。九州の小京都とよばれ、千葉氏が京都から持ってきた祇園社が山の上に鎮座しています。この祇園社へは急な階段が続いていて、登るのは結構しんどいですね。
牛頭山


舊会談


 ここ小城は羊羹の町としても有名です。駅を出ると、それはもう羊羹のお店だらけで、見ているだけでおなかいっぱいになります。でも、名産品だけあって、確かにここの羊羹は美味なのです。特に抹茶羊羹は美味しいですね。たぶん、期間限定品なんでしょうが、お茶の匂いが大変香ばしい。お茶好きにはたまらんっという感じですよ。

羊羹


 小城の観光は全部タクシーでまわったのですが、この小城タクシーの運転手さんが、これまた親切な人で、観光案内してもらったり、名産のハッサクもいただいちゃったり。千葉家の菩提寺も回り、墓石等の確認。いい旅でした。
清水滝

 ↑小城の山奥、清水ノ滝

テーマ : 写真日記
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■九州旅行1

 今年のGWは九州へ。佐賀県の千葉氏をめぐる旅です。去年は郡上、一昨年は京都。なんだかんだGWは毎年千葉氏にまつわるところへ旅行に行ってます。
 
 あちこち寄るところがあったので、佐賀に着いたのは日暮れ時でしたが、夜8時まで開いている佐賀城の本丸御殿があるというので行ってみました。やっぱり地元でしか味わえないとこには行ってみなくちゃ、と覗いてみました。

 すげー…。玄関を上がると畳の廊下がずーっと続いています。殿様の居間にいたっては、いったい何畳あるのやら。しかも、この御殿、入場料がありません(驚)。帰りに満足度に応じた寄付金を箱に入れるという形になっています。とりあえず、この御殿の雰囲気代と展示の内容、相場を考えて1000円(^^;
本丸御殿1

↑本丸御殿の廊下。住めます(T_T)

 御殿を出て、まだ少し時間があったので佐賀県立図書館へ! 少しでしたがなかなか掘り出し物がありました。ただ、郷土資料室は残念ながら時間外で閉まっていました。。。本当はここの資料も見たかった。

 さて、ご飯を食べようと図書館を出てうろうろしましたが、それらしい店がない!! 結局、佐賀駅まで2キロあまりの間に1件もありませんでした。ここは東京で言えば大手町のメインストリートです。なのに、シャッター街と化しています。。。これではあまりに寂しすぎます。佐賀県、佐賀市がんばれ!

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

■選挙

 明日は衆院補欠選です。そのため、選挙カーが走り回っています。

 みなさんがんばっているのはわかりますが、はっきりいってウルサイ! もうちとボリューム落とさんかいと。そんな金切り声をあげなくても聞こえます。

 帰り際、このときとばかりに駅前には応援団がタムロしています。そして、耳につくのが候補の名前連呼ですね。これってけっこう不愉快です。あなたがたは普段、我々のために何しているのかも知らせないで「応援よろしくお願いします!」ってアホか。名前連呼のあなたには、ワタシの清き一票は入れません。

 

テーマ : Σ( ̄∀ ̄;)!!
ジャンル : 日記

■懐かしい風景 2

トラック 休みの陸上競技場で高校生が練習していました。ここは桜がキレイな運動競技場。懐かしいですね~。

テーマ : 高校生日記
ジャンル : 日記

■懐かしい風景

 ある春の田舎の神社前。今年は桜が早いな。

 神社前にある桜の下には、2時間に1本あるかないかのバス停があった。春のあったかさとあいまって、こりゃどこか懐かしい。田舎道

テーマ : 写真日記
ジャンル : 日記

■六義園へ行く

 駒込の六義園の夜桜見物へ行ってきました。今日がライトアップ夜桜の最終日です。

rikugien 入口を入ると、すぐにライトアップされて輝く枝垂桜が目に入りました。ひとことで言うと荘厳。満開で丁度いい時期だったな。去年かおととしも来たが、そのときにはすでに枝垂れ葉桜になっていたな。

 写真を撮っていると、見知らぬ外国人のお兄さんに声を掛けられました。

外「サクラ、キレイデスネ?」
私「きれいですねぇ」
外「サクラ、アナタハ、コレ、イイネ?」
私「いいですねぇ」
外「サクラハ、ドウオモイマスカ?」
私「きれいですねぇ」
外「ヨルノサクラトヒルノサクラ、ドチラガスキデスカ?」
私「やっぱり夜ですね~。昼桜イズルック淡いホワイト、バット、夜桜イズルックブライトですからねぇ~」
へんてこな日本語英語をごちゃごちゃに混ぜながら話しましたが、伝わってたようです。
そして、「ハブアファ~ン」などと言いながら去っていきました。

そんな会話をしていたら閉園時間になってしまいました。ロクに見てないのに。

テーマ : ●ぉ出掛け●
ジャンル : 日記

■ファイナルファンタジー12

 ファイナルファンタジーを買いました。

 リアルです。じつにリアル。ワタシはゲームを買うと、買ったことで満足してしまい、ロクにプレイもしないのですが、これはちょっと面白かったので続くかも。

 でも、微妙に操作が難しく、5時間やっても話が進みません。まぁ地道にやってみようかと。…飽きなければ。

テーマ : 独り言
ジャンル : 日記

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もっきー

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千葉一族、Mr.Childrenをコヨナク愛する千葉県人

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